屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.309 裏目に出たこと  (H21.06.17)
           (大学へ希望者全員入学できるようになったことによる問題)

大学はバカばかりとかいうようなキャッチコピーの本が出ているということを今年だったか昨年だったか耳にしたことがある。その本は読んでいないから趣旨や結論などの内容は分からないのだが、私は大学全入時代になって最高学府の学生にそれに見合った学力や向学心を持った人間の割合が極端に少なくなっているあるいはそういう現象がまともな最高学府にふさわしい人間の水準をも低下させるくらいの影響を及ぼしていることを危惧して問題提起している本なのかと思った。

以下は読んでいないから本の内容に関係なく、大学全入が引き起こす問題についての私の感想である。私が思うに、多分どんな職業についても人生を安心して過ごせる社会保障制度があればそういう事態は起こらなかったと思われる大学全入、それは高学歴により比較的に人生を有利に過ごせるという期待がもたらしたものである。大卒という看板を得るためにほとんどの人が大学進学を目指すようになり、最高学府に適合しない人間までもがほとんど大学進学できる状況が出来てしまった。そして最高学府に適合しない学生が多くなったので大学はバカばかりと揶揄されているのではないかと思われる。

さて、大学全入の意味するところは何かということである。極端に言えば、世の中の全ての仕事を大卒以上でこなすことになるということである。人の嫌がる汚な仕事や低賃金の仕事から格好のよい高賃金の仕事まで世の中の全ての仕事を大卒以上でこなすことになる。つまり大卒で人生を有利に過ごせるという期待で大学全入を望んでそれが実現したら裏目に出てそう期待する価値がなくなってしまったということである。

今やかつての人生を有利に過ごせるという期待の入り口であった大学入試に代って、就職試験・就活が人生を有利に過ごせるという期待の入り口になってしまった感がある。正規社員に就職できれば将来が期待できる。正規社員に就職できなければ、フリーターやアルバイト、将来展望が開けそうにないのが実情である。そういうような社会構造が定着しつつある。区別や選別の時期が親心で先送りされて大学全入時代となったが、労働市場は最高学府の看板やプライドに見合う仕事が大卒者数に比例して増えているわけではない。むかしの伝説的大卒就職難とは違った新たな大学は出たけれど問題が引き起こされているように思える。
 

補足1:卒業後3年は新卒扱い  (2010.09.14)

大学新卒の就職率が低くなっている対策として、政府が卒後3年は新卒扱いを経済界に求めているようである。新卒の求人が少ないので時間をかけて希望の就職が出来る環境にしようということらしい。一方で職を選ばなければ就職先はそれなりにあって就職率も現状より高くなるという話もある。

親が望んできた大学全入で卒業して、将来親よりよい収入なり待遇を得られそうな就職を期待されても、それに見合う職は少ないあるいは能力もないとなれば、希望レベルを落として就職するしかないと思うのだが、高望みを希望と仕事のミスマッチだと言って就職浪人を推奨するような考え方はおかしい感じがする。

補足2: アメリカ・大学は出たけれど  (2010.10.28)

今日見たニュースによれば、アメリカの労働省統計局がまとめた統計データでは、今、大卒なのに「大学を出る必要のない(米労働省統計局の言い方)」職種に就いてる人が1700万人いるとのことである。データの一例が挙がっていて、4大出の駐車場係員は1万8000人、ウェイトレス&ウェイターは31万7000人。博士号を取っていて清掃作業員になっている人は5057人とある。

アメリカでも、多くの人が大学を目指すが、卒業してもそれに見合う仕事枠が無いあるいは大学出として求められる仕事ができない、つまり学位そのものの価値が低下しているというようなことが起こっているのかもしれない。そしてまた大学の勉強についていけず中退する学生も多くなるというそれ以前の問題も起こっているかもしれない。

補足3: 就職氷河期の解釈  (2011.01.22)

今日TVで大学生の就職氷河期の原因について就職支援業者の人が解説していたことである。求人数はいわゆるバブル期より今の方が多いのだが、今は大学定員がそれに比べてべらぼうに多くなっていて供給過剰なので就職が決まらない大卒予定者が多くなっているということである。そうであれば大卒予定者が思っている大卒に見合った職に就けない人は当然出てくる。自分がどのくらいの者か知ってそれに見合った職を見つけることも必要になってくる。


 
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